衾と王佐の黎明
東の空が白み始め、障子越しに差し込む柔らかな光が、薄暗かった室内を少しずつ黄金色に染め上げていく。静寂に包まれた部屋の中には、微かに焚き染められた名香の香りと、昨夜の行為の残滓が甘く溶け合って漂っていた。小鳥たちの囀りが遠くで聞こえる中、寝台の上に横たわる#name#は、重い瞼をゆっくりと押し上げた。
視界が澄むと同時に目に入ってきたのは、己のすぐ隣で規則正しい寝息を立てている、端正な男の顔である。天下の奇才と謳われ、常に品行方正を崩さぬ王佐の才。彼は今、何の防備もなく穏やかな表情で眠りについている。普段の隙のない冠や幾重にも重ねられた豪奢な衣はとうに剥ぎ取られ、滑らかな黒髪が白い寝台の上に滝のように散らばっていた。
そして、#name#自身もまた、身に纏うものを何一つ持たない状態である。
昨夜、彼がどれほどの熱量を持って自分を抱き、狂おしいほどの情欲と愛を注いでくれたのか。この寝台の上で交わされた身体が、どれほど熱烈な渇望であったか。その記憶が波のように脳裏に押し寄せ、#name#は自身の顔が一気に朱に染まるのを感じた。
「......おはようございます」
不意に、頭上から静かな、それでいて酷く甘い声が降ってきた。驚いて顔を上げると、いつの間にか目を覚ましていた荀彧が、涼やかな双眸でこちらを見つめている。目覚めたばかりだと言うのに、その眼差しには既に冴え渡る知性と、隠しきれない深い慈悲の色が宿っていた。
「#name#殿。お身体は大丈夫ですか?無理をさせてしまったのではないかと、気が気ではありません」
荀彧はそう囁きながら、長い指先をそっと#name#の肩口へと滑らせた。ひんやりとした朝の空気の中で、彼の指先が触れる場所だけが火を点けられたように熱く粟立っていく。彼の指は、白磁のような#name#の素肌に点々と残る紅梅色の痕跡を、愛おしむように、そして昨夜の記憶を確かめるようになぞり始めた。その優しくも艶情を含んだ手付きに、#name#の心臓が大きく跳ねる。
普段は決して見せない彼の雄としての夜顔は、#name#の脳髄をあまりにも甘美に刺激していた。昨晩、あの端正な唇から漏れた荒く甘い呼吸、柔肌を抱く性的な手付き、そして、理性を焼き切るように全身を強く求められた感覚と、寝台が軋むほどに苛烈な性の二乗。それらが色濃く鮮明に蘇り、#name#の羞恥は遂に限界を突破した。
「ご、ご心配なく......っ!」
顔から火が出そうなほどの恥ずかしさに耐えきれず、#name#は上擦った声で短く答えると、傍らにあった真っ白な衾を力任せに引き寄せた。そして、己の素肌も、真っ赤に染まった顔も全て隠すように、バサッと頭からその布を被り込んでしまう。分厚い布の暗闇に逃げ込んだ#name#は、自身の大きな鼓動を聞きながら小さく丸まった。これほどまでに激しい行為の痕跡をまじまじと見つめられ、あまつさえ優しい声で労われては、直視することなど到底できるはずがない。
しかし、布越しに聞こえてきたのは、微かな衣擦れの音と、静かな笑い声であった。
「......ふふ」
それは、宮城での軍議の際に見せる微笑みよりもずっと柔らかく、しかしどこか悪戯っぽさを孕んだ、大人の男の笑い声だ。次の瞬間、#name#が内側から必死に握り締めていた衾の端に、外側から別の手が添えられた。荀彧の手である。彼は布を握る#name#の震える手を、己の大きな手で包み込むようにして優しく撫でた。そして、彼女が思わず力を緩めたその一瞬の隙を突き、絶対に逆らえない強引さで指を解きほぐしてしまう。
「あっ......!」
#name#が声を上げる間もなく、彼女の最後の防壁であった衾は、いとも容易く剥ぎ取られた。宙を舞った白い布は、寝台の外へと無情にも放り捨てられてしまう。再び朝の明るい光の下に露わにされた#name#は、身を隠すものすら失い、ただ両腕で自身の胸元を抱き寄せることしかできない。そんな彼女の姿を見下ろす荀彧の瞳には、逃げ惑う愛らしい獲物を手中に収めた、捕食者のような艷やかな色が浮かんでいた。
「隠れる必要などありません。それに......」
荀彧はそう呟きながら、#name#の華奢な身体に己の身体を密着させるように覆い被さった。重なり合う肌と肌。彼のがっしりとした胸板から伝わる規則正しい鼓動と、高い体温が、#name#の理性をさらに溶かしていく。逃げ場を完全に塞がれ、顔を背けることすら許されない。荀彧は限界まで赤く染まった#name#の顔を愛おしそうに見つめると、鼻先が触れ合うほどの至近距離へと顔を寄せた。
「今更、何を恥じらう必要があるのですか」
鼓膜を直接撫でるような、とびきり甘くて低い声。彼の涼やかな吐息が、#name#の震える睫毛を揺らす。
「昨夜はあれほど強く......私を求めたと言うのに。あの艷やかな声で、私の名を満月に届くほどに呼び続けたのは、他でもない貴女ですよ」
決して下品ではないが、昨夜の生々しい熱情を思い起こさせるには十分すぎる追撃の言葉。完璧な男から告げられるその事実に、#name#の顔はカッと音を立てんばかりに紅潮し、ついに返す言葉を失ってしまった。
言葉も出ないほどに陥落した彼女の様子を見て、荀彧は底抜けに甘い、満足げな笑みを浮かべた。
「......本当に、貴女は可愛らしい人ですね」
目を細めた荀彧は、愛おしさが限界に達したとでも言うように、#name#の熱い唇へと軽快な接吻を落とした。それは昨夜の貪るような口付けとは違う、純粋な慈愛と独占欲に満ちた鳥の啄むような口付け。#name#の全身から力が抜け、彼女はただ彼の腕の中に身を預けることしかできなくなる。荀彧は素肌のままの#name#を己の腕中にすっぽりと収めると、彼女の柔らかな髪に頬を擦り寄せ、ぎゅっと強く抱きしめた。
「今日ばかりは、天下の行く末も、宮城の喧騒も......忌まわしい乱世の全てを忘れてしまいたい」
彼の胸の奥から絞り出されたようなその言葉には、普段の王佐の才としての重圧を全て手放した、一人の男としての本音が込められていた。彼がどれほどのものを背負い、どれほどのものを諦めて日々を戦っているのか。その彼が、今この瞬間だけは、己の腕の中にある確かな温もりだけを望んでいる。
「......こうして、貴女だけを抱き締めていたいのです。もう少しだけ、このままで居させてください」
耳元で囁かれたその懇願に#name#は小さく頷き、彼の広い背中へとそっと腕を回した。
東雲の空が完全に白みきり、新たな一日が始まろうとしている。しかし、この小さな寝台の上だけは、彼らだけの甘く穏やかな夜の延長戦が続いていた。重なり合う二つの鼓動が子守唄のように響く中、荀彧の腕の強固な安らぎに包まれながら、#name#は再び甘い微睡みの中へと落ちていくのだった。