《耳に這い寄る、猛毒の終身刑》

満寵の強烈な圧とマイルドな悪魔ボイスに、#name#の理性が「とりあえずこいつを四階から突き落とす」という選択肢を真剣に検討し始めた、まさにその時だった。 ……南無妙法蓮華経……南無妙法蓮華経…… どこからともなく、床を震わせる地鳴りのような『重低音のお経』が響き渡った。 「……は? お経?」 「これは下の法正殿のアラームだ。だが、私の愛には――」 満寵が甘い言葉で引き戻そうとした瞬間。#name#は彼の腕の下をサッと強引にすり抜け、「ごめん、無理!!」と叫びながら、逃げるようにゴミ屋敷ギリギリの魔窟を飛び出した。 足元に散らばる電動工具や謎の図面の束を身軽に飛び越え、#name#は命からがら四階の魔窟から脱出した。背後から聞こえる「#name#殿!待ってくれ!」という悲痛な叫びには一切耳を貸さず、非常階段を駆け下りる。彼女の頭にあったのはただ一つ。あの情緒のバグったサイコパスから逃れ、あの夜、厳しくも確かな言葉で背中を押してくれた、不器用で口の悪いあの男の元へ駆け込むことだけだった。 非常階段をドタバタと駆け降り、向かった先は二階。あの不器用な嘘で背中を押してくれた、法正の部屋である。 「法正殿! 助けて! 上の悪徳不動産屋が――って、うわっ……なにこれ」 勢いよくドアを開けてもらった瞬間、#name#の目に飛び込んできたのは、部屋の壁沿いに天井まで積み上げられた『タバコのカートン』の山と、壁一面に美しくディスプレイされた、鈍い光を放つ数十本のステンレス製・水道管コレクションだった。 「お前、何時だと思っている。もう少し常識というものを……」 「……ねぇ、なんで壁一面に水道管?」 怪訝な表情で顔を顰める法正に対し、#name#は部屋の異様さにドン引きしながらツッコんだ。 「ただの仕事用コレクションだ。厄介な契約を、迅速に『成立』させるためのな。……しかし、あのような資材置き場の男に迫られて逃げ出してくるとは。お前の人を見る目は、やはり致命的に腐っているな」 法正はカートンの山からタバコを一本抜き取って火を付けると、呆然と立ち尽くす#name#にゆっくりと歩み寄る。そして、その手に握られていた『愛用の水道管』の冷たい先端で、#name#の顎をクイッと強引に持ち上げた。 ――まさかの、水道管顎クイである。 吐き出された紫煙が、#name#の顔にふわりと吹きかかった。むせ返るような煙草と香水が混ざり合った、危険で甘い香り。普段はコンプライアンスを無視して暴れ回るヤクザ営業マンが、今はその凶悪なオーラを『一人の女を完全に支配する』ためだけに使っている。顎に押し当てられたひんやりとした金属の感触は、#name#の退路を断ち切る冷酷な手錠のようだ。満寵の壁ドンが甘い罠だとするなら、法正のこれは有無を言わさぬ強制執行である。 「……っ、ちょっと、法正殿!?」 予想外のヤクザじみた行動に、#name#はビクッと肩を揺らした。 「助けてやった対価だ。……だが、お前が自分からここへ転がり込んできた以上、もう逃げ場はない」 法正は、#name#の耳元へ深く顔を寄せた。その声は、地鳴りのように鳴り続けるお経のアラームに混じり合う、極めてドスの効いた低音。冷ややかでありながら、一度捕まったら二度と逃れられない呪縛のように鼓膜へへばりつく粘度である。 「匿う代わりに、お前の生涯を、俺の手中で完全に管理してやる。文句は言わせない。……#name#。一生、俺の猛毒に塗れて、この水道管のように錆びつくまで、俺のそばにいろ」 (……こいつ、助けてくれたフリして一番ヤバい! 逃げ込む場所間違えたかも) 独特すぎる重たいプロポーズに、#name#の心臓が、耳元への吐息とステンレスの冷たさで激しく波打つ。目の前には、薄暗い部屋で悪魔のように不気味に笑う男と、顎に突きつけられた謎の水道管。この絶望的な状況で、プロポーズを素直に受け入れるなど正気の沙汰ではない。 『絶対に損はさせない』という彼の営業スタイルは、恋愛においても変わらないらしい。ただ、その契約条件があまりにも重く、狂気じみているだけだ。普通なら悲鳴を上げて逃げる状況だが、#name#の心の底には、この男の不器用な優しさと、一度手に入れたものを絶対に手放さない執念に対する、抗いがたい安心感が根付いてしまっていた。だからこそ、彼女は本気で逃げようとしなかったのだ。 「……あのさ……愛を誓う前に、この水道管やめてよ!ムードっていう言葉知ってる?」 「ムードなど、これから俺の手中で、じっくりと隅々まで調教してやる。……さあ、次は俺の『人生という名のコレクション』に付き合え」 #name#のささやかな抵抗も虚しく、その夜、彼女は硬いタバコのカートンを枕にされるという最悪の待遇を受けながら、法正の重すぎて息が詰まる『愛の契約』に、夜通し付き合うことになるのであった。