《最短ルート、攻略の直談判》

満寵は#name#の頭上を覆うようにドンッと壁に腕を付き、身長差を最大限に活かした壁ドンを決めていた。栗色を煮詰めたような甘く深い瞳が、爛々と#name#を狙っている。マイルドな悪魔の声に、#name#の心臓はこれまでとは全く違う、甘く危険な緊張感で激しく跳ね上がった。 ――しかし。彼女を追い詰めているその足元は、瓦礫のような大量の荷物に深く埋もれているのである。 薄暗い照明と甘い吐息。完璧なシチュエーションで仕掛けられた罠に、#name#の理性は白旗を揚げかけていた。しかし、ロマンチックな空気に酔いしれそうになった彼女の視界に、無惨にひっくり返ったペットボトルと絡まったコード類がチラついた瞬間、急速に現実に引き戻される。どれだけ甘い言葉を囁かれようとも、ここは紛れもなく『事件現場』なのだ。 「な、なに……急に格好つけて……」 #name#は爆発しそうな心臓の鼓動を必死に隠し、真顔を貼り付けて反撃に出た。 「……だったらその格好いい台詞、足元にあるその『折れた椅子の前』でもう一度言ってみなよ」 「ああっ、……! 何たる醜態だ。この部屋の惨状は、私が少し目を離すと、すぐにこれだ……っ」 #name#が足元に転がる無惨なキャンプチェアを指差すと、満寵の小悪魔な表情が瞬時にいつもの『困り顔』へと戻った。彼は急いで腰を屈め、折れたチェアを両手で抱えるようにして片付け始める。 「それからスーツも!! 伸ばしてハンガーに掛けろって、さっき荀彧殿に言われたばっかりでしょ!!」 彼の情けない困り顔が悔しいほど可愛くて、#name#は照れ隠しにさらに声を荒げた。 「……ああ、御尤もだ。だが、今はそれよりも優先すべきことがある」 満寵は折れたチェアを壁際に立て掛けると、脱ぎ捨てられたスーツを、クローゼットから溢れ出す『氷山(白い私服ばかりが積み上がった山)』の上へと無造作に放り投げた。荀彧の教えなど一秒で忘却の彼方である。そして、掛け布団のないベッドのヘッドボードに無造作に置かれていた、よく分からないケーブル類の塊の中から、一冊の分厚い本を引っ張り出してきた。 「……#name#殿。これを見るがいい」 満寵が超真顔で差し出したのは、表紙がボロボロに擦り切れ、角が丸く折れ曲がった『ゼクシィ最新号(なぜか二冊目)』だった。そのページの間には、他人の家の間取り図が大量に折り畳んで挟み込まれており、よく見ればそこに『築城・防衛視点』での謎の書き込みメモがびっしりと記されている。間取り図には、赤いペンで『ここに落とし穴』『バリケードを構築』『敵襲時の脱出経路』などと、現代の住宅事情を完全に無視した物騒な防衛計画が書き込まれていた。結婚情報誌を城の防衛マニュアルとして読み込む男。その熱量と方向性の見事な間違い方に、#name#の感情は恐怖と呆れの狭間で激しくバグを起こしそうになる。 「……なにこれ。ボロボロすぎ。誰かから貰ったの?」 狂気すら感じる代物に、#name#は思わずドン引きした。 「まさか。これは私が、君との未来を予習するために、時間をかけて読み込んできた結晶だ」 満寵はドヤ顔を見せると、#name#の目線に合わせるべく、その場にスッとしゃがみ込んだ。鮮やかなフルーツタルトの箱を差し出した時と同じ、あのスマートな『しゃがみ込みエスコート』の体勢である。しかし、#name#を下から見上げるその瞳は、タルトの時の穏やかなものとも、刺身を頬張っていたリスの顔とも違っていた。 「それから『君にはまだ早い、然るべき時が来たら伝える』と言った、あのメモの内容。……あれは、プロポーズだ」 「…………えっ?」 「#name#殿。君を、私の人生という名の最強の城に、囲い込みたい」 (……付き合ってもいないのに、プロポーズ……? しかも、ボロボロのゼクシィで……?) 交際という正規ルートを完全にすっ飛ばし、一気にゴールテープを切ろうとする不動産トップセールスマンの暴挙。#name#の顔が、一気にカッと燃え上がった。緊張と、恥ずかしさと、そしてこの男のあまりにも真っ直ぐで不器用すぎるアプローチへの呆れが、頭の中で激しく入り混じる。 「……あのさ、満寵殿。プロポーズは格好いいかもしれないけど、その前に……この部屋を片付けてから言って」 「……ははっ。なるほど。然るべき時というのは、『この部屋が荀彧殿のリフォーム工事以上に綺麗になった時』ということだね」 #name#のバッサリとした拒絶に、満寵は楽しそうに笑った。 「は? ……それに、あのメモ。なんであんなに字が汚いの?」 「あれは、わざとだよ」 「わざと?」 「確かに私は字が汚いが、時間をかけて丁寧に書けば、読める字は書ける。でも、読めてしまったら、君に内容が筒抜けになってしまうだろう? 自分の気持ちを伝えたいけれど、直接伝えるのは照れ臭い。だったら、読めない字で書けば#name#殿には理解できないまま、私の『気持ち』だけを君の元へ届けることができる……なんてね」 満寵は恥ずかしそうに目を伏せ、観念したように言葉を続けた。 「しかし、君が他の皆に見せ回っていたっていうのは、完全に計算外だったよ。私の字の癖を読み解くなんて、彼らにとっては暗号解読よりも容易いからね」 誰よりも雄弁に言葉を操る男が、本命への愛の言葉だけは直接伝えられず、解読不能な手紙に託して逃げたのだ。その不器用すぎる遠回りな愛情表現に、#name#の胸がギュッと締め付けられる。同時に、その初々しい恋心をマンションの軍師たちに完全に見透かされ、エンタメとして消費されていた彼の不憫さに同情を禁じ得なかった。字が汚いことを逆手に取った、不器用すぎる照れ隠し。満寵はしゃがみ込んだまま、#name#の足元でひっくり返っていた水のケースをそっと直した。 その夜。甘い雰囲気に流され、ついに彼の城という名のゴミ屋敷へと取り込まれた#name#。散乱する電動工具を避けながら辿り着いたベッドで、極上の幸せに包まれて眠りについたはずだったのだが。 「……っ、痛っ!?」 翌朝。あまりにも寝相が悪い満寵の蹴りをまともに食らい、ベッドの外へと無惨に放り出された#name#は、冷たい床の上で天井を仰いだ。 (……うん。『この人をパートナーに選ぶ可能性』は、無いかもしれない) この難あり男に囲い込まれる日は、まだまだ遠そうである。#name#は深く落胆のため息を吐きながら、散らかった部屋の真ん中で痛む腰を摩るのだった。